「相談の内容が年々広くなっていて、調べものの時間が増えている」「所内は自分と補助者だけ。人を増やす余裕はない」「顧問先からAIについて聞かれるが、自分が使えていない」——税理士・社労士の方から聞く悩みは、この3つが重なっていることが多いように思います。

士業事務所は、生成AIとの相性がいい業種です。扱っているものが文書と知識だからです。一方で、顧客の決算書や給与データという極めて機微な情報を預かる立場でもあり、何を入力してよいかの線引きを間違えると、守秘義務の問題に直結しかねません。

この記事では、士業事務所で実際に効く使い方と、絶対に守るべき線引きを、条文と公的機関の資料にもとづいて整理します。愛知・岐阜・三重・静岡で事務所を構える先生方が、明日から安全に試せる状態になることを目指しています。

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法令集やファイルが並ぶ書棚を背に、士業事務所の執務室でノートPCに向かう専門家の様子

数字で見る、士業事務所が置かれている状況

まず現状の確認から。日本税理士会連合会の第7回税理士実態調査(令和6年=2024年実施、有効回答38,607件)では、開業税理士の62.4%が60代以上、後継者が「いない」と答えた方が84.5%にのぼりました。20〜30代の割合は、第5回調査の11.5%から6.6%へと半減しています。

社労士も似た構図です。全国社会保険労務士会連合会の2024年度社労士実態調査(有効回収25,408人・回収率56.0%)によると、平均年齢は55.5歳、そして開業事務所の56.4%が「1人」、平均従業員総数は2.7人です。

一方で仕事は増えています。同調査で5年前と比べて需要が「増えた」と答えた割合は、相談業務71.5%、規程作成等66.2%、手続業務59.1%。そして仕事上の不安・ストレスの第1位は「必要となる専門知識の深さと広さ」で85.9%でした。

人は増やせない。相談の範囲は広がる。知識の幅がストレスになっている。 この状況で効くのが、調べものと文章作成を機械に肩代わりさせることです。

何に使えるか——文書と下調べに絞る

士業事務所で現実的に効く使い方を、リスクの低い順に並べます。

業務 使い方 注意
顧問先への説明文書 制度改正の内容を、顧問先の業種・規模に合わせた平易な文章に書き直す 固有名詞や金額を入れずに書かせ、最後に自分で当てはめる
制度改正・法改正の要約 公表資料を読み込ませ、要点と実務への影響を整理させる 出典を必ず自分で確認。AIの要約を鵜呑みにしない
所内の議事録・面談メモ 録音や箇条書きから、決定事項と宿題を整理する 顧問先名は伏せる、または法人契約のサービスで行う
メール・案内文の下書き 用件のメモから、相手に応じた文面を作る そのまま送らない。必ず読み返す
就業規則・規程のたたき台 一般的な条文構成の案を出させ、そこから自事務所の型に直す 顧問先固有の事情はAIに入れず、自分で当て込む
調べものの入口 論点の全体像を把握し、当たるべき条文・通達の見当をつける 答えとして使わない。必ず一次資料に当たる

共通するのは、AIに下書きをさせ、判断は必ず自分がするという形です。士業の価値は判断にあるので、そこは渡せません。渡せるのは、判断の前段にある作業です。

なお中小企業基盤整備機構が2026年3月に公表した中小企業のAI等の利活用に係る実態調査(有効回収1,668社)では、AIを導入している企業のうち82.6%が生成AIを使っており、部門別の導入率は総務・管理が68.3%で最も高い結果でした。バックオフィス業務との相性のよさは、士業事務所にもそのまま当てはまります。

絶対に外せない線引き——守秘義務と入力してよい情報

ここが本題です。

税理士には税理士法38条による守秘義務があり、違反には罰則(同59条)も定められています。社労士にも同様の義務があります。顧問先の情報を無料のAIサービスに入力する行為が、この義務との関係で問題になり得るというのが出発点です。

個人情報保護委員会は2023年6月に生成AIサービスの利用に関する注意喚起を出しており、個人情報取扱事業者に対して次の2点を求めています。

  1. 個人情報を含むプロンプトを入力する場合、特定された利用目的の達成に必要な範囲内であることを十分に確認すること
  2. 本人の同意なく個人データを含むプロンプトを入力する場合、そのデータが応答結果の出力以外の目的(機械学習など)で取り扱われないようにする必要があること

これを事務所の運用に落とすと、最低限こうなります。

決めること 具体的な内容
契約形態 個人の無料アカウントは使わない。入力内容が学習に使われない法人向けプランを事務所名義で契約する
入力禁止情報を列挙する 顧問先名、決算書の実数値、個人の給与額・氏名、マイナンバー。「機密情報はダメ」では判断できないので、具体名で書く
匿名化のルール 「製造業・従業員30名の会社」のように抽象化して入力する。実際に辻・本郷税理士法人も生成AI利活用ガイドラインで暗号化・匿名化・除外処理を明記しています
顧問先への説明 AI利用の方針を顧問契約や案内で説明できる状態にしておく

士業事務所が生成AIに入れてよい情報と、入れてはいけない情報の対比。入れてよいのは制度改正の一般的な内容や、特定できない形に抽象化した前提での相談、案内文の下書きなど。入れてはいけないのは顧問先の名称、決算書の実数値、個人の給与情報、マイナンバー、預かった契約書など

マイナンバー(特定個人情報)については、番号法上の委託該当性や安全管理措置の問題になり得ます。生成AIへの入力可否を直接扱った公的見解は見当たらないため、扱わないのが安全です。

独占業務との関係——「AIに税務相談をさせる」は、まだ答えが出ていない

もうひとつ、押さえておきたい論点があります。

税理士業務には税務代理・税務書類の作成に加えて税務相談が含まれ(税理士法2条1項)、税理士でない者がこれを行うことは禁止されています(同52条)。しかも報酬の有無を問わない、いわゆる無償独占です。社労士法27条は「他人の求めに応じ報酬を得て」と定めており、こちらは有償独占になります。

では、AIが税務相談に答えることはどう扱われるのか。現時点で、国税庁や日本税理士会連合会の公式見解は確認できません。 税理士でもある研究者からは、この問題は他の士業を中心として制度的な議論が続いている段階だという指摘も出ています。

つまり、先生方が自分の業務の補助としてAIを使うことと、顧問先や一般の方がAIに税務相談をすることは、別の論点です。前者は道具の使用であり、後者は制度上の整理が追いついていない領域です。事務所として何かを対外的に提供する場合は、慎重に構えるのが賢明です。

なお業界の動きとしては、全国社会保険労務士会連合会が2024年9月に会員向けの生成AI活用ガイドブックを公開しています(内容は会員限定)。会計事務所ネットワークのTKC全国会も2026年6月に、関与先の同意を得て利用すること・出力の正確性を確認し税理士が最終判断すること等を含む基本方針を公表しました。

士業向けのAIツールも出てきている

汎用のAIだけでなく、士業に特化した製品も2025年以降に増えています。公開価格が確認できるものを挙げます。

サービス 内容 公開価格
士業AI(プライムパートナーズ) 国税庁・e-Gov法令検索など公的な一次情報のみを参照して回答 Pro 月4,980円/Premium 月20,000円(税抜)
KiteRa Pro 社労士事務所向けの規程・就業規則作成SaaS 月20,000円+初期50,000円(税抜、提供開始時点)
STREAMED 紙証憑のAI-OCRと自動記帳 会計事務所プラン 月10,000円+1仕訳20円
SRAISE(エフアンドエム) 社労士事務所向けAI業務基盤。複数のAIを安全な環境で横断利用 非公開(2026年7月提供開始)

一次情報だけを参照する設計のものは、士業が使う道具として理にかなっています。ただしどのツールを使っても、出力の正確性を確認する責任は先生方に残ります。 道具が変わっても、そこは変わりません。

一般論の限界——先生方は「聞かれる側」でもある

ここまで事務所の業務効率化の話をしてきましたが、士業には別の事情があります。

顧問先から「AIってうちでも使えますか」と聞かれる立場だということです。

東海地域の士業事務所は、その顧問先の多くが中小の製造業や建設業です。社労士の顧問先は63.9%が従業員29人以下という調査結果もあります。そうした会社が生成AIを検討するとき、最初に相談する相手は、ベンダーではなく普段から付き合いのある顧問の先生、というケースが少なくありません。

そのとき、自分が使っていなければ答えられない。かといって、AIの導入支援は先生方の本業ではない。ここが実際に起きている状況だと理解しています。

当社は名古屋のAI実装支援会社として、次のような形でお手伝いしています。

  • 事務所内での活用——所内の業務を題材にした生成AI研修(1人25万円)。守秘義務の観点を含めた入力ルールの整備までを設計します。人材開発支援助成金の対象になる可能性があります
  • 顧問先から相談されたときの後ろ盾——AI顧問として、先生方が顧問先に説明する場に同席したり、技術的な部分を引き受けたりする形です

名古屋から愛知・岐阜・三重・静岡のどこへでも伺います。 名古屋税理士会の会員は4,910名、東海税理士会は4,312名(いずれも2026年6月末時点。会の管轄は県境と一致しません)。同じ地域で、同じ規模の会社を相手に仕事をしている者同士のほうが、話が早いと考えています。

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よくある質問

Q. 無料のChatGPTを使ってはいけませんか。 A. 顧問先の情報を一切入力しない用途(一般的な制度の要約、文章の言い回しの検討など)であれば、直ちに問題になるわけではありません。ただし、うっかり入力してしまう事故を防ぐには、最初から法人契約のサービスに統一するほうが安全です。月数千円の差で、事務所全体のリスクが下がります。

Q. 決算書の数字を入れて分析させたいのですが。 A. 実数値と顧問先が特定できる情報を切り離してください。「売上◯億円、粗利率◯%の製造業」といった抽象化した形にすれば、リスクを抑えて分析の相談ができます。それでも顧問先との関係では、AI利用の方針を事前に説明しておくことをおすすめします。

Q. AIの回答をそのまま顧問先に伝えてもいいですか。 A. おすすめできません。生成AIは条文や通達を、もっともらしく間違えます。特に金額の要件、適用時期、経過措置の類は誤りやすい部分です。AIは論点の見当をつける道具として使い、回答は必ず一次資料で裏を取ってください。TKC全国会の基本方針も、出力の正確性確認と税理士による最終判断を求めています。

Q. 1人事務所ですが、何から始めればいいですか。 A. 顧問先の情報を含まない業務から始めるのが安全で、かつ効果も出ます。制度改正の要約、案内文の下書き、所内メモの整理あたりです。ここで手応えを掴んでから、法人契約に切り替えて業務の範囲を広げてください。

まとめ

士業事務所は、扱っているものが文書と知識である以上、生成AIとの相性がよい業種です。開業事務所の過半が1人という現状と、7割超が相談業務の需要増を実感しているという状況を考えれば、調べものと文章作成を機械に任せる価値は大きいと言えます。

ただし線引きは明確に。顧問先が特定できる情報は入れない。法人契約のサービスを使う。出力は必ず一次資料で確認する。 この3つを押さえておけば、守秘義務との関係で無理のある使い方は避けやすくなります。

そして、AIが税務相談にどこまで答えてよいかという制度上の議論は、まだ決着していません。事務所内の道具として使うことと、対外的なサービスとして提供することは分けて考えてください。